日記

日記

2018.2.21 晴れ?

日記を書こうか、と思いつついつの間にか時間が過ぎていた。よくあることだ。働き始めて三週間ほど過ぎた。今のところ仕事はそれなりに楽しく多少しんどい。料理というのは面白い。自分はバカ舌なので大概のものを美味しく感じてしまい料理人には向かないが人間としては幸せだ。労働が終わり、帰る準備をしていると体が熱くて気持ちが悪いのが困る。電車に乗るときがピークで胃がムカムカしたり吐き気がする。1~2時間で治まるが食欲がない中で夕食の買い物やメニューを決めるのがしんどい。食べ物のことを考えたくない。前日の夜にメニューを決めておいて機械的に買い物だけすることにした。帰ってすぐ横になって少し眠って起きてサンドイッチを食べて風呂にはいると気分がよくなったがしばらく起きているとしんどくなってきて布団に入ったものの体調が悪くて眠りたいのに眠れない。連休のことでも考えようと思うがあまり考えるのにも向いてない状態で散漫。

2018.1.28 曇り

今日になってから寝て起きた。生理中で腹が痛いしとにかく股間が不快。外も寒い。自分でコントロールできない下の世話をするのが嫌で仕方ないが変更不能の初期仕様なのだから仕方がない。最低だ。人間が年中発情しているのがすべて悪い。春と秋と年二回くらいに限定してほしい。もしそうだったらこんなに社会も複雑にならない。石器時代くらいで止まってると思う。常に性交可能であることは不要だ。男になりたいとは思わないが二次性徴が始まる前の体に戻りたいとは思う。何もかもがあの頃の肉体のほうが楽だった。不要な肉もついてないし身長も今と十センチくらいしか変わらない。軽くてよく動く体でいれたらどんなにいいだろう。肉体の不具合は時間が来るまで解けない呪いで、私は早く年老いて閉経したい。老いるとそれはそれで更なる不具合が発生してまた別の呪いにかかるのだろうけど、それを今の私は知らないので無責任なことを言う。想像できることと実感することは別だ。こうやって文字で考えられると思っていること自体がそもそもおかしい。これはすべて虚構のようなもの、なにかそんな風に仮に感じられるようなものだろう。だからなんでも書いたり考えたり言ったりしたらいい。コミュニケーションなんて表層でしかなくて個人の表面に見えるイリュージョンでどのようにでも見せるし見える。話変わるけど、個人の連続性って本当にあるんだろうか、とかいうことを最近考えています。自分は自分でしかないことにほとんど絶望する、絶望っていうか自由の限界を感じる。自分が他人でもあるとか、人である必要もなくて木とか石とか、文字にするのが面倒になってきた。文章で表現しようとするのは面倒。それが嫌で絵を描いたけど絵も面倒で、なんなら文章よりも面倒だったし絵が絵だけで自立することって他者との関わりの中ではほとんどない。言葉のもどかしさとそれに比べて強力な権威はなんなのか。本当は何もかもが何のかかわりもなくただ存在していて関係なんてどこにもないのにあるようにそれが大事で気持ちよくていいもののように思い込んでいるだけだったらいいのに。自分は何をやっているんだろうか。

2018.1.17 曇り雨

早朝、一度起きるがトイレに行ってまた寝る。8時過ぎに起きて昨日の鍋の残りでうどんを作って食べる。特に味付けしなかったので素材そのままの味がする。地味だがそれはそれでいい。半分食べたところで飽きたのでポン酢を入れる。好きな銘柄のポン酢を買ったので寒いうちに積極的に使っていきたい。食べてからまた寝て10時過ぎに起きる。コーヒーを飲んで着替えてノートパソコンを持って図書館に行く。平日の午前中は机が空いていてありがたい。Wi-Fiを使って求人サイトを見る。求人を見ること自体は好きだが自分が働く場所を探すのは苦痛だ。家では全くやる気が出ないので図書館が近所にあって本当によかったと思う。ツイッターを見ながら求人を探していく。寿司や焼き肉の店で賄いつきとか社割ありとか書いてあるといいな~と思う。二件応募して引き続き探していると応募した派遣会社から電話がかかってきて驚く。まだ五分くらいしかたってないのに、対応が早すぎて不安になりつつ面白いとも思う。明日、顔合わせをすることになる。履歴書を書かなければならずどんよりする。データで作ってプリントできるようにしたほうがいい。しばらく求人を見てから本を一冊借りて12時すぎに図書館を出る。お腹が減った。なんとなく外で食べたいので駅前のマクドナルドに行く。そんなに混んでいない。一人客が多く店内はシーンとしている。仕事を探すのがしんどいから早く仕事を見つけたいけど仕事探したくないし仕事やらなくて済むならやりたくない。仕事をしたくないだけで生きていくことすら嫌になるのはおかしい、嫌なのは仕事だけなのに。それを回避することはできないと思うのは自分の考えが足りないだけなのかもしれないけど何をどう考えればいいのか分からない。どこかに逃げ道はあるだろうけど今現在それが見つからないのならそれは今の自分にとって希望にも救いにもならない。とかいうことをすぐ考えるな、自分は。しょうがない奴だね、落ち着けよ、どうしようもないことは思いつくなら思いつくだけ吐き出してしまえばいい。などという自問自答のようなものを脳内とツイッターで繰り広げて14時ごろマクドナルドを出る。気が済んだので家に帰って紅茶を飲み、履歴書を書く。書きながら「あ~もう何もかもが嫌だ」といつの間にか声に出している。だらだらしながら1時間ほどで履歴書を書き終えた。前回よりもマシだ。職務経歴の在職期間がかなりあやふやだけど調べようもないので仕方がない。少し気が楽になった。16時前インターネットを見ながら猫と遊ぶ。借りてきた餃子アンソロジーは表紙を眺めているだけで満足できるので読まずに眺める。この本の中にいろんな餃子が詰まってるのが愉快だ。17時前から日記を書く。18時すぎに無印のレトルトカレーを食べる。おいしい。ぼんやりとインターネットを見る。20時前に小腹がすいたので発泡酒と唐揚げを買ってきて食べつつインターネットを見る。明日の用意をして忘れないうちに目覚ましをかける。猫がクッションの上で眠っている。猫たちは私にとって唯一無二の存在だ。猫に対する信仰でこの世の苦難を乗り越えていくことにする。風呂にはいる。20時半に布団に入ってそのままごろごろしつつ。猫たちと眠った。


2018.1.15 晴れ

5時50分に尿意で目が覚める。起き上がって暖房を入れてトイレに行ってまた布団に戻る。寒すぎる。今日はバイトなのでそろそろ起きたほうがいいのだがとてもそんな気にならないので部屋が暖まるまで布団にいることにする。うとうして三回くらい布団を出る夢を見て遅刻寸前まで布団にいた。6時45分に布団を出る。猫たちはすでに朝食を食べていた。暖房が効いているが寒い。湯を沸かして顔を洗いコーヒーを入れて飲みながらクッキーを三枚かじる。昨日脱いだ服をそのまま着てカバンに財布や眼鏡やノートや本を入れる。7時に家を出る。外は寒い。顔がびりびりする。バイト先には7時半過ぎに到着。株価の放送を監視する。エアコンで顔が暑くてコンクリートの床で足が冷たい。パソコンを見ていると目がちかちかする。座り続けると肩と腰と足がだるい。11時前にシーフードヌードルを食べる。Sさんがやってきて足を痛めたという話を聞く。足の甲がパーンと腫れていて尋常ではない。階段を上がるのも一苦労で一睡もできなかったが足が痛い原因は不明で病院に行く気力もないらしい。健康は大事だな。仕事でエラーがあったりエラー対応をミスしたりしつつ15時、業務終了。外に出ると予想外に暖かく、少しうれしい。無印良品に寄って何も買わずに帰る。座って仕事をしていると感情がマイナスのほうに引っ張られる。動いていると少しは爽快だ。近所のスーパーに寄って食器洗い洗剤と洗濯洗剤、春菊、豚肉、サツマイモ、スライスチーズ、味噌、豆乳、寿司パックを買う。帰宅して買い物を仕分けたらすぐにパックの寿司と発泡酒をおやつにする。酢飯はおいしい。インターネットを見て猫たちと戯れる。17時ごろ豚汁を作る。豚と大根とニンジンとサツマイモとえのきを入れた。寿司でお腹がいっぱいなので食べずにインターネットに戻る。求人サイトでバイトを探す。探しながら酒を飲む。いろんな仕事があるしやりたい仕事はない。ふと人としゃべりたいなと思う。昔は人と会話する代わりにエッセイとか小説とか漫画を読んでいたので寂しいとつい「なにか読むもの…」となりがちだ。そして会話は上達しない。読書は一方通行だから。それでも得るものはたくさん、抱えきれないほどあった。最近は本よりもインターネットで文章を読むことが多い。インターネットの特にSNS の文章は人々の交流をそのまま読んでいるようなもので生々しく、それが面白かったりしんどかったりする。相互コミュニケーションが可能だということが純粋に読み物として楽しむことを難しくする。完成された本は変わらないものなので安心して読むことだけに集中できる。でもそれはそれでさみしいので誰かと話ができるといい。対面でお互いが思っていることを伝え合うのはとても貴重なことだと思う。とかなんとか考えながら求人サイトを見るのをやめて20時半ごろに豚汁うどんを作って食べた。体がポカポカする。風呂に入ってさらに暖まり、その勢いでエッセルスーパーカップにコーヒー金宮をかけてクッキー二枚とイチゴ五粒をトッピングして食べる。22時前に布団に入った。

 

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2018.1.9 晴れ

5時半ごろに目が覚めた。わりとスッキリ目が開いたが外が暗いので布団から出たくない。猫たちが目敏く私が起きたことに気がついて布団の回りをうろついたり腹の上に乗ってきたりする。6時前に猫たちに朝食を出してすぐ布団に戻る。眠いわけでもなかったが布団にはいると眠ってしまう。途中何度か目が覚めたが12時前まで眠っていた。本当は12時過ぎまで眠りたかったがこれ以上は眠れなかった。お湯を沸かして砂糖と牛乳の入ったコーヒーをいれる。なんとなくまた布団に戻ってコーヒーを飲む。布団に座っていると猫が膝に乗ってきたのでそのまましばらくぼんやりする。13時前にアボカドチーズトーストと牛乳の昼食を食べる。天気がいい。暑い。散歩に行くことにする。14時半ごろ家を出る。郵便局で金を下ろして残高を見て、ハローワークに行くことにする。新着求人を探して応募したいものがあったので求職登録をする。書類を提出するための紹介状をもらう。書類を持ったまま散歩をするのも面倒なので一旦帰宅して書類を置いてまた散歩に出る。天気がいいので隅田川を渡って北千住に行く。履歴書を買おうと思う。隅田川を見ると「春のうららの隅田川」という歌詞が思い浮かび、すぐに「うらら」という感じじゃないよな、と否定する。隅田川を見ると裏切られたような気分になってしまう。北千住駅まで歩く間にいくつかの商店街の名残のような通りがあり、昔は賑わっていたのだろうか。東京は都会だけれど急速に発展して行く場所と過去に発展して寂れてしまった場所が入り交じり、場所によっては地方よりもうらぶれている。町の盛衰の地層が剥き出しになっていて面白いし変動の激しさを感じる。16時前ごろに北千住駅に着く。無印をうろうろする。服を買おうと思って見てみるが自分が何を着たいのか、何が似合うのかが全くわからなくなっている。自分の身体イメージがあやふやだと服を選ぶことができなくなる。意識して自分の姿を見るようにしよう。今度姿見を買うことにする。服が嫌いなわけではないが自分の外見や着飾ることに対して複雑な心情があるので装いについて考えることを後回しにしたり放置したりしてしまう。それがやりたくてやっているときは気分がいいが、やりたいわけでもないのにそうなってしまっているときは卑屈な気分だ。顔に死相が出ている。自分の中で価値の確立していないものや価値が揺らいでいるものについて判断するのはとても疲れる。なんとか襟つきシャツと黄色いロンTを買う。服を選べた解放感からカレー四種類とお茶も買ってしまった。帰りは電車。近所の八百屋で野菜、酒屋で酒を買って履歴書はコンビニで買った。16時半ごろ帰宅。酒を飲んでインターネットを見る。ラジオを聴く。17時半ごろキムチ鍋を食べる。昨日作って冷凍した餃子を入れてみたらけっこうよかった。皮の厚い餃子は濃いタレが合う。具にもよるのでいろいろ試したい。雑炊も食べたら満腹になりすぎた。18時半ごろ風呂にはいる。19時すぎ、猫たちと布団でごろごろする。

2018.1.1 晴れ

7時過ぎごろ寒くて目が覚めた、が、また寝た。同居人が起きて猫たちに朝食を出しているようだ。空腹だが布団から出る気にならない。窓のカーテンを開けたまま寝てしまったので冷気がひどいのだと思う。寒くて暖房を入れる。9時前くらいに布団から出る。去年作ったレンズ豆の餡子でぜんざいを作って食べる。コーヒーを飲む。コタツに入って「呪いの博物誌」の続きを読んだりインターネットを見たりする。昨日友人宅で、最近何をやっても虚しいという話をしたらミッドライフクライシスですよと指摘されたことについて考える。そういわれればそうなんだろうなと思う。名前が付けば少しは安心するようなところもあるがだからと言って虚しさがなくなるわけでもない。欲望がなくなってなおそれなりに機嫌よく生きていくことは結構難しい。昼過ぎに散歩がてら徒歩20分ほどの神社に向かう。外は雲一つない。歩くと暑い。フェンスを乗り越えて川沿いを歩く。出口がないのでまたフェンスを乗り越えて普通の道に戻る。神社は境内の外の道まで参拝の行列が続き、とても並ぶ気になれなかった。社殿の横から願をかけて賽銭の代わりにおみくじを引く。大吉だった。神社の笹に結んで帰る。家の近所のスーパーが営業していたので牛乳や甘酒、パン、てんぷらを買って帰る。13時過ぎに帰宅してそばを茹でててんぷらをのせて食べる。そのままコタツで一時間半ほど眠ってしまう。

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2017.12.8 曇り?

7時前に同居人が起きて猫たちに朝食を出している音で目が覚めるがすぐ寝る。直前まで見ていた夢の内容を追いながらうとうとする。

 

 同居人も二度寝に入った。8時半ごろ起床。コーヒーを飲んでチョコ味の焼き菓子を食べる。同居人は本日飲み会だと言い出勤していった。夕食を作らなくてもいいので出かけようかと思うがなんとなく気分が乗らない。猫を膝にのせてボーっとする。寒い。最近で一番寒い気がする。エアコンをつけても寒いので初めてコタツを稼働させる。温い。オムライスを作って食べる。昨日作った鳥ハムが一つ塩辛すぎたので刻んでチキンライスにしたらやっぱり塩辛かった。ツイッターを見たりバイトを探したりする。気が落ち込んできた。これといった理由はないが気分が暗い。理由はないと書いたが理由はあって、寒いとか体調がいまいちとかはかどらないバイト探しとか日差しがないとか…そういう一つ一つだと大したことがないもの。気分が嫌な感じでじとじとする。自分で自分の欲求を把握したり言語化してそれを解消するための行動を自主的にできない。気持ち悪い。自分の欲求の具体化を他人に押し付けてしまいたくなる。そういうことをしようとする自分が嫌いで気分が悪い。他人に自分の欲望の具体化を押し付けてそれが上手くいっても気持ちがいいのは最初だけですぐにそんなことをした相手も自分も気色が悪くなるだけだ。何を求めるか考えることは自分が自分でいるための儀式というか、自分を成り立たせるためにできるほとんど一つの行為なのにそれを他人に求めようとするのは恥知らずだ、みたいなことを自分に対しては思う。あと、他人に任せても大して上手くいかなくてお互い気まずいと思う。そもそもそんなことはできない。そういう考え方をする自分が気に入らないという話だ。自分が嫌になったので髪を切る。髪を切ると自分の嫌な部分も一緒に切り落とせる気がする。頭が軽くなってすっきりするし。この家の風呂は鏡がないので自分で髪を切るのが難しい。手鏡と手の感覚だけで切る。どんな風になっているのかよく分からないが後ろ頭がすっきりした。自分は自分で見えないのでどれだけひどいことになっていても人に言われるまでは分からないところが面白い。ついでに頭も洗ってシャワーも浴びて温まったので少しは気分がよくなった。13時ごろうどんを食べる。鳥ハムのうまくいったほうを入れる。本を読んでミントティーを飲む。猫たちは眠っている。だんだん眠くなってきてそのまま寝てしまった。17時前に起きる。外が暗い。窓に向かいの居酒屋の明かりが見える。1日がコタツの中で終わった。今日はどうあがいても前向きな気分になれない1日だ。酒すら飲みたいと思わないし食べたいものもない。体が重い。自分がつまらなくて嫌だ。ふと、今日はアマゾンのセールだったことを思い出す。タコ焼き機とラブリコが少し安くなっていたので買う。受け取りを近所のコンビニに指定してみる。19時過ぎたので猫たちに夕食を出す。タコ焼き機を見ていたのでお好み焼きを食べようと思う。キャベツとニンジンだけのお好み焼き。ポン酢とウスターソースをつけながら食べた。今日の自分の機嫌の悪さと落ち込みについて考える。日記を書く。文章にするとそれが本当だろうが間違っていようが多少は落ち着く。アナログで誰にも見せない日記だと感情暴走みたいになって落ち着くよりも不機嫌を増幅させてしまう場合もあるが誰か見る前提だと多少は説明しようという気になってそれなりに冷静になれる。自分で持て余している自分の感情は自分だけで処理しようとすると泥沼にはまって出られなくなることもあるし、直接特定の人間に説明しようとすると感情がコントロールできなくなる危険があるし、不特定の人間が見たり見なかったりする日記に書くのが一番安全な処理方法だと思う。メッセージの対象を特定しないほうがいいこともある。それと同じくらいこの人にだけ自分から言わなければならないということもある。この使い分けを間違うと事故が起こる。