日記

日記

2017.12.8 曇り?

7時前に同居人が起きて猫たちに朝食を出している音で目が覚めるがすぐ寝る。直前まで見ていた夢の内容を追いながらうとうとする。

 

 同居人も二度寝に入った。8時半ごろ起床。コーヒーを飲んでチョコ味の焼き菓子を食べる。同居人は本日飲み会だと言い出勤していった。夕食を作らなくてもいいので出かけようかと思うがなんとなく気分が乗らない。猫を膝にのせてボーっとする。寒い。最近で一番寒い気がする。エアコンをつけても寒いので初めてコタツを稼働させる。温い。オムライスを作って食べる。昨日作った鳥ハムが一つ塩辛すぎたので刻んでチキンライスにしたらやっぱり塩辛かった。ツイッターを見たりバイトを探したりする。気が落ち込んできた。これといった理由はないが気分が暗い。理由はないと書いたが理由はあって、寒いとか体調がいまいちとかはかどらないバイト探しとか日差しがないとか…そういう一つ一つだと大したことがないもの。気分が嫌な感じでじとじとする。自分で自分の欲求を把握したり言語化してそれを解消するための行動を自主的にできない。気持ち悪い。自分の欲求の具体化を他人に押し付けてしまいたくなる。そういうことをしようとする自分が嫌いで気分が悪い。他人に自分の欲望の具体化を押し付けてそれが上手くいっても気持ちがいいのは最初だけですぐにそんなことをした相手も自分も気色が悪くなるだけだ。何を求めるか考えることは自分が自分でいるための儀式というか、自分を成り立たせるためにできるほとんど一つの行為なのにそれを他人に求めようとするのは恥知らずだ、みたいなことを自分に対しては思う。あと、他人に任せても大して上手くいかなくてお互い気まずいと思う。そもそもそんなことはできない。そういう考え方をする自分が気に入らないという話だ。自分が嫌になったので髪を切る。髪を切ると自分の嫌な部分も一緒に切り落とせる気がする。頭が軽くなってすっきりするし。この家の風呂は鏡がないので自分で髪を切るのが難しい。手鏡と手の感覚だけで切る。どんな風になっているのかよく分からないが後ろ頭がすっきりした。自分は自分で見えないのでどれだけひどいことになっていても人に言われるまでは分からないところが面白い。ついでに頭も洗ってシャワーも浴びて温まったので少しは気分がよくなった。13時ごろうどんを食べる。鳥ハムのうまくいったほうを入れる。本を読んでミントティーを飲む。猫たちは眠っている。だんだん眠くなってきてそのまま寝てしまった。17時前に起きる。外が暗い。窓に向かいの居酒屋の明かりが見える。1日がコタツの中で終わった。今日はどうあがいても前向きな気分になれない1日だ。酒すら飲みたいと思わないし食べたいものもない。体が重い。自分がつまらなくて嫌だ。ふと、今日はアマゾンのセールだったことを思い出す。タコ焼き機とラブリコが少し安くなっていたので買う。受け取りを近所のコンビニに指定してみる。19時過ぎたので猫たちに夕食を出す。タコ焼き機を見ていたのでお好み焼きを食べようと思う。キャベツとニンジンだけのお好み焼き。ポン酢とウスターソースをつけながら食べた。今日の自分の機嫌の悪さと落ち込みについて考える。日記を書く。文章にするとそれが本当だろうが間違っていようが多少は落ち着く。アナログで誰にも見せない日記だと感情暴走みたいになって落ち着くよりも不機嫌を増幅させてしまう場合もあるが誰か見る前提だと多少は説明しようという気になってそれなりに冷静になれる。自分で持て余している自分の感情は自分だけで処理しようとすると泥沼にはまって出られなくなることもあるし、直接特定の人間に説明しようとすると感情がコントロールできなくなる危険があるし、不特定の人間が見たり見なかったりする日記に書くのが一番安全な処理方法だと思う。メッセージの対象を特定しないほうがいいこともある。それと同じくらいこの人にだけ自分から言わなければならないということもある。この使い分けを間違うと事故が起こる。

 

 

 

2017.12.4 晴れ

バイトに行くために6時半に起きる。猫たちに朝食を出してコーヒーを飲む。薄暗いし寒い。暖房をつけて部屋が暖まってから着替える。腹の具合が悪くトイレから出られない。気配を消しすぎたのか同居人にトイレのドアを開けられる事故が起こる。遅刻はしないがわりとギリギリになりそうだと思う。電車の駅を間違える。あらためて乗った通勤電車は満員で人権が無いとか奴隷船とか思ってるうちに人がほとんど降りる駅があってそこからはガラガラだった。他人と密着するのは疲れる。つねにガラガラの電車に乗りたい。コンビニでおむすび2つとカップそばを購入。8時前にバイト先に到着する。説明を受けながら仕事を覚える。だんだん分かってきたが人的ミスを誘発しやすい仕組みなのでひやひやする。12時前におむすび1つ食べる。14時すぎに定食の出前をおごってもらう。シェアオフィスに友人がいたので少し話す。ここに来るといろんな人に会えるので面白い。15時退勤。引き落としできなかったカードの振り込みに行く。三十万強振り込む。貯金の残高を確認する気にならない。何となくは分かっているが直視したくない。慎ましく生きていこう。なんとなくすぐ帰りたくなくてニトリとヨドバシでたこ焼き機を見る。欲しいタイプのものはなかった。16時ごろ電車に乗って帰る。この時間は空いている。近所のスーパーで小麦粉、卵、シナモンパウダー、米、豆乳を購入。酒でも買おうかと思ったがやめた。17時前に帰宅。同居人は家にいた。昼に食べなかったカップそばとおむすびを同居人にあげるとすぐ食べていた。何か作る気もしないし空腹でもないので布団でごろごろする。スマホを触ったり猫を揉んだり。猫に新しく買った爪とぎを出してみる。マタタビを振りかけると爪を研がずに舐めてばかりいる。3匹が集まってからそれぞれ1匹ずつ爪とぎのマタタビを楽しんでいた。そのうち爪も研ぐだろう。18時すぎるとやや空腹になったので明日の煮卵を作りがてら夕食を作る。米粉麵にトマト豆乳スープをかけてゆで卵をトッピングしてラー油をかけた。ぼんやりした味だが自分で食べる分には有りだ。人に食べさせるようなものではないくらいの味が食べていて一番落ち着く。

2017.12.3 晴れ

7時半ごろ起きて猫たちに朝食を出して布団に戻る。眠くはない。スマホツイッターを眺める。布団の外が寒い。食後の猫たちが布団に入ってくる。みんな寒いのか。10時すぎに起きる。この時間になると明るくて暖かい、と思ったら暖房がついていた。しばらくぼんやりしてから目玉チーズトーストを食べる。食べると暑いので暖房を切る。外からの日差しも強いので十分暖かい。今週はほぼ毎日友人宅で飯を食い酒を飲み機嫌よく過ごした。人生の中でも珍しい日々だった。本名や所属や年齢などを知らない人といることに対して警戒心などがあったのだが、何度か会ってみるとそれらを知らなくても特に問題がないことが分かった。ここ数年で自分の所属が曖昧になっているせいで自己紹介に困る場面が何度かあったのでそういう部分を知らずに人付き合いするほうが楽になったのかもしれない。たまたま最近の出会いがよいものだっただけかもしれない。人との関係は経験にも左右されるがほとんど運ではないかと思う。これだけ人がいて自分が誰とどのように知り合うかなんてコントロール不可能だし、出会い方によっては人間関係を結ぶまでに至らない場合が多いだろう。などと考えながら猫のタンブラーを更新したりする。バイトのシフト連絡が来ないのでこのままバックレようかと思う。労働意欲は一瞬のきらめきで幻のように消えてしまう。が、貯金が減っていくだけの生活は精神衛生上よろしくないので新年からは何かしら金銭を得る活動を展開していければいいな、しないとな、めんどうだな、と思っている。宝くじでも買おうか。一週間ぶりにメールをチェックしていたらカードの引き落としができなかった連絡が入っていた。出かけるついでに残高を確認するがそれなりにあるので後で今月の明細を確認することにする。近所のベンガルカレー屋に行く。マトンとエビのカレーを食べる。バスマティライスがうまい。香り米というだけあってほんのり良いにおいがする。図書館で本を返して雑誌を少し読む。日曜なので席が空いていなくて長居できなかった。本を五冊借りる。京極夏彦の本は相変わらず分厚い。帰宅後カードの請求額を見ると三十万円強だったので引き落とせなくて当たり前だった。人生で最高額だ。払えるがぞっとする。バイトをバックレてる場合じゃない。ハローワークに行こう。バイト先に連絡を入れて明日のシフトの入ることにする。金は使うと減る。ショックを受けていたら同居人が哀れに思ったのかピザを注文してくれた。ありがたいことだ。ブロッコリーと卵とジャガイモを茹でて副菜を作る。ジャガイモはつぶしてチーズと大量のバターと混ぜてブロッコリーにつけて食べた。ワインも飲んだ。労働から逃れたままでいたい。が、それをするための実力も覚悟もないので、せめて労働とのかかわりを必要最低限にとどめてのらくらやっていきたい。私は自分に降りかかる労働を基本的には憎んでいるし労働によって成り立つ社会のことも受け入れきれていない。労働をというか労働と金銭と生活の関係を受け入れられない。

2017.11.26 晴れ

7時半くらいに起きて猫たちに朝食を出してまた寝る。11時過ぎに起きる。ツイッターを見つつぼんやりする。大江戸骨董市が東京国際フォーラムで開催されているらしい。コーヒーを飲みながら骨董が見たいような気がしてくる。金がないし特に何も必要なものがないので迷ったが行くことにする。さっさと着替えて家を出る。12時半くらいに電車に乗る。まだ何も食べていなかったので空腹だ。電車を降りたらとりあえず食事をしようと思う。東京駅の地下で道に迷い地上でも目的地の逆に進んでいる。方向感覚が全くない。なんとか目的地にたどり着く。道すがら何か食べるところがあるかと思っていたが特に見当たらず、骨董を見ることにする。見始めると空腹感を忘れる。高いものには興味がない。ベロ藍の丼がないか探す。ウランガラスがきれいだったが高価で、鑑賞にとどめる。しばらく目の保養をしつつ歩く。古い銀のスプーンやフォーク、風呂敷包み、焼き物、人形、ハサミなどに落ち葉が積もって風情がある。300円~500円で皿を売っている店に引っかかる。かわいい。自宅で使うのでこれくらいの価格帯のものが好きだ。大正時代の小皿を三枚買う。そのあと別の店で1000円の中皿も買う。見るだけのつもりだったが連れて帰りたくなったので仕方がない。買い物に満足したところで空腹がよみがえる。食べ物を求めて歩いていると有楽町無印の外で無印のカレー屋台があったのでバターチキンカレーを購入。おいしい。ついでに無印も見る。特に買うものはない。人が多い。帰る前にビックカメラバルミューダのオーブンレンジを見る。かっこよくて高くて12月中旬にならないと手に入らないらしい。日比谷から帰る。日比谷と東京と有楽町と銀座が近いということに気が付く。皇居の堀も見た。明石城みたいだと思う。11月があと4日しかないことに驚く。16時前に帰宅。本棚に皿を並べる。やはりかわいい。お茶を飲みつつインターネットを見る。18時過ぎに夕食を作って食べる。トマトとキャベツのスープ、豚肉と椎茸と生姜の炒め物、白米。薄切りの肉は保水率の高い野菜と炒めたほうがおいしい気がする。19時過ぎに猫たちの夕食を出す。YouTube大黒摩季を聞く。当時はあんまり気にしてなかったけど「あなただけ見つめてる」すごい歌詞だと思う。

2017.11.20 晴れ曇り

7時ごろ、同居人が起きる気配で一度目が覚めたが寒くてそのままうとうとする。同居人の分の布団もかけてもらって寝続ける。10時前くらいに起きだしてコーヒーを飲む。頭も体も起きていない。寒いと活動が鈍くなる。しばらく猫を膝にのせてぼーっとする。ツイッターを見ると目が痛くなる。ずっと気にかかっていた本棚を組み立てることにする。材木の寸法を間違えていたので組み立てが面倒。前回組み立てようとしたときに様々な障害が発生してやる気をなくしたので、今回はそのようなことがないように落ち着いて着実に作業しようと思う。組み立て始めて支柱の2×4がかなりねじれていることに気が付くがそのまま作業を続行する。13時ごろ半分組みあがったので休憩する。朝食兼昼食にハム目玉焼きパンを食べる。目玉の部分が逃げて変な形に焼きあがる。食べた後しばらく休憩して作業再開。木のゆがみと水平器が無いので水平垂直を取れないせい、その他もろもろの原因で切ってもらった板がはまらない。はまらない板を少し切って調整する。ややゆがみがあるものの棚板もついた。ラブリコで柱を固定しているので倒れる心配がない。部屋を掃除して本や小物を置いてみる。壁一面棚にすると迫力がある。ファジーな出来栄えだが個人的には満足した。使用するのに問題ない程度のゆがみや隙間やささくれなどはむしろ唯一無二の愛嬌があっていい。明日も同じ構造の棚を作るので今日よりも上手くやれるはずだ。この部屋の棚が出来上がったらもう一つの部屋の棚をどうやって作るか考えようと思う。今年中には何とかしたい。

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2017.11.15 晴れ

最近妙に長く寝てしまう。十二時間ほど眠って起きた。9時になっても猫たちが朝食を要求してこないと思ったらピュリナワンの袋が破られていて、自分たちの力で空腹に立ち向かったらしい。コーヒーを飲む。しばらくしてから玉ねぎを半分、昨日の残りの牛肉の甘辛煮に加えて牛丼を作る。同居人が起きてきたので一緒に食べる。同居人は食べたら布団に戻っていった。猫を膝に乗せてしばらくぼんやりとインターネットを見ているうちに家にいることに飽きてきたので出かける。西日暮里まで歩く。以前歩いたときはもっと時間がかかったような気がしたのにあっけないほど早く到着する。特に用事があるわけでもなかったのでそのまま谷中のほうに歩く。公園と神社を抜け富士見坂というところに通りかかったが大きいトラックが停まっていて景色は見えなかった。谷中銀座の近くまで来たがそちらには行かず谷中霊園に入ってみる。墓地の中は空が広い。静かで複雑な石の迷路の中をぽつぽつと人が歩いている。お参りに来ている人は見当たらず散歩で来ている人か墓を作る人、掃除の人ばかりで少し安心する。墓石は傷んでいるものも多い。新鮮な花が活けてあると生生しい。線香のにおいはあまりしなかった。徳川家の墓のところで観光っぽい集団に出会う。有名人の墓をめぐっているらしい。有名人の墓でなくとも主張が強めな墓石がいくつかあって面白いと思う。建造中の墓や墓の建造予定地もあった。墓を飲み込む勢いで成長している巨木も見た。墓石の横に木を植えると後々面倒だなと思う。霊園を抜けて東京芸大から上野公園に抜ける。上野公園は平日でも人が多い。どこかに座ってお茶でも飲みたいと思ったが落ち着かないのでしばらく歩いてサンマルクカフェに入る。15時過ぎでほぼ満席状態のサンマルクでは机に突っ伏して寝ているサラリーマンが三人ほどいた。ベトナムコーヒーのホットを注文する。ものすごく甘い。そろそろ働きたいが履歴書を書きたくない。職歴は複雑すぎて書けないし覚えてない。しばらく休んでから古着屋で服を見るがなんだかしんどくなって吉池でタラと牡蠣とミカンとキノコを買って電車に乗る。帰る途中に近所のスーパーで白菜と春菊とうどんと梨を買う。16時過ぎに帰宅して小腹がすいたのでスミノフアイスとQBBチーズを二つ食べる。土鍋に昆布と水を入れておく。18時ごろ同居人が起きてきたので鍋を作る。牡蠣がうまい。〆はうどんにするつもりだったが満腹になったので今日は終了。明日うどんか雑炊を作ることにする。同居人はしばらくすると布団に戻っていった。食器を洗ってから猫と遊んだりインターネットをしたりする。昨日よりもやや前向きな気分になっている。明日サンドイッチを作ろうと思いパンを買いに行く。8枚切りが安くなっていたので買う。帰りにコンビニでハーゲンダッツのイモがないか見る。なかった。帰宅後、猫と遊びインターネットを冷やかし今後の献立を考える。干し椎茸と干しタケノコを戻しているので明日の夜は焼き飯と何か中華っぽいおかずでも作ろうかと思う。そろそろ寝た方がいいのに眠る気分にならず、だらだらとパソコンをさわり続けてしまう。

2017.11.12 晴れ

十時間以上寝ていた。意識が朦朧としているがこれ以上は眠れない状態で起きているとも言い難い。ケータイを探し出してツイッターを開いてみると目の奥がぼんやりと痛い。痛いままタイムラインを見る。空腹だが特に何も食べたくない。ケータイの時計で10時半過ぎであることを確認する。とりあえず起き上がって顔を洗う。猫はもう朝食を食べて眠っている。同居の便利なところだ。目が開けにくいと思っていたら瞼が腫れている。冷水で顔を洗いながら瞼を揉む。さしてすっきりしない。水が冷たい。コーヒーを飲む。友人を作ることの難しさについて考える。ほぼ答えは出ていて新しい人間と無意味で無目的な時間を無言で過ごす期間を数年にわたって持つことが不可能に近いからだ、と思う。会話が盛り上がったからと言って他人と親しくなるかというと(親しくなる可能性は高いんだけど)そうとも言い切れなくて何かよくわかんないけどよく会うみたいなことで親しくなることも多い。大学時代の友人は後者に当てはまるし自分にはほとんど大学時代の友人しかいない。職場で仲良くなった人々とは転職のたびに関係が切れる。共有できるものが職場にしかなかったからだと思う。転職し過ぎで人間関係をはぐくむ時間が足りてないのもある。大学では六年間ほど人間関係を育てる時間があり、その間にはたくさんの無の時間の共有が含まれておりそれが結果的に大学という場を離れても関係性を保つことに役立っているのではないかと思う。惰性といえば惰性だろうか。ここ数年でできた友人はほとんどすべて和歌山で知り合った人々で、毎年泊まり込みで梅の収穫に行っていた農家の人であったり、最初に住んでいた家の家主とその友人でたびたび家に泊まりに来てしばらくぼんやり遊んでいく人々であったりする。個人に対して思い入れがあるというよりも(実際そんなに共通の話題がないししゃべっていて盛り上がることもあまりない)ある状況の共有が数年を通して起こり続けた結果何となく親しみを覚えるようになったという形だ。和歌山に家の家主は東京に住んでおり和歌山居住時代は年に二、三回ほど長期で滞在させてもらっていた。滞在期間中も特に一緒に何かするということもなくそれぞれの時間を自由に過ごしているだけだった。特に盛り上がることがない人間関係だが居心地がよかった。人間関係未満なのかもしれない。人間と直接かかわるのではなく、状況を通して人間と間接的に関わる?みたいな。うまく説明できない。お互いが見つめ合っているのではなく同じ月を見ている、みたいな、月でワンクッション置いた関係が許されるという感じ。距離感がある程度あるほうが安心する。相手の存在に常に意識を向けなくても同じ空間にいていいという気楽さ。大学時代の友人についてもこの感覚はある。アトリエで絵を描く友人を眺めながらぼんやりとコーヒーを飲んでいる時の感覚。お互い別のことに集中しつつ同じ空間に存在することを許される感じ。更にさかのぼると、小学生のころ友人の家に集まってそれぞれが持ち寄った漫画を交換して会話も時間も忘れて読みふけっていた感じ。和歌山の農家の場合は梅の収穫がその時間に当たる。同じ山で各人が黙々と果実の収穫にいそしむ。無意味で無目的な時間という言い方から外れてきた。お互いを直接的に意識しない時間というほうが正しい。少人数でお互いを直接意識しなくて済む時間を長期にわたって持つことで友人を作ってきたって書いたらそれってめっちゃ運任せだな。意志が薄弱。でも運がいい。いや、たぶんそういう時間の過ごし方をさせてくれるタイプの人間を見つけたらそれなりに積極的に自分から連絡して遊びに行ってるので意志はちゃんとある。

 

午後から本棚を組み立て始めたが見事に失敗してもうどうしようもない気分になったので出掛けようとしていた同居人にひとしきり言い訳をした後、一人でピザを取ってやけ食いする。ワインも飲む。ダメなときはダメだ。悪あがきすることもできないくらいにダメ。こういう日は何かやってもろくなことにならない。諦めが肝心だ。