日記

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2018.1.28 曇り

今日になってから寝て起きた。生理中で腹が痛いしとにかく股間が不快。外も寒い。自分でコントロールできない下の世話をするのが嫌で仕方ないが変更不能の初期仕様なのだから仕方がない。最低だ。人間が年中発情しているのがすべて悪い。春と秋と年二回くらいに限定してほしい。もしそうだったらこんなに社会も複雑にならない。石器時代くらいで止まってると思う。常に性交可能であることは不要だ。男になりたいとは思わないが二次性徴が始まる前の体に戻りたいとは思う。何もかもがあの頃の肉体のほうが楽だった。不要な肉もついてないし身長も今と十センチくらいしか変わらない。軽くてよく動く体でいれたらどんなにいいだろう。肉体の不具合は時間が来るまで解けない呪いで、私は早く年老いて閉経したい。老いるとそれはそれで更なる不具合が発生してまた別の呪いにかかるのだろうけど、それを今の私は知らないので無責任なことを言う。想像できることと実感することは別だ。こうやって文字で考えられると思っていること自体がそもそもおかしい。これはすべて虚構のようなもの、なにかそんな風に仮に感じられるようなものだろう。だからなんでも書いたり考えたり言ったりしたらいい。コミュニケーションなんて表層でしかなくて個人の表面に見えるイリュージョンでどのようにでも見せるし見える。話変わるけど、個人の連続性って本当にあるんだろうか、とかいうことを最近考えています。自分は自分でしかないことにほとんど絶望する、絶望っていうか自由の限界を感じる。自分が他人でもあるとか、人である必要もなくて木とか石とか、文字にするのが面倒になってきた。文章で表現しようとするのは面倒。それが嫌で絵を描いたけど絵も面倒で、なんなら文章よりも面倒だったし絵が絵だけで自立することって他者との関わりの中ではほとんどない。言葉のもどかしさとそれに比べて強力な権威はなんなのか。本当は何もかもが何のかかわりもなくただ存在していて関係なんてどこにもないのにあるようにそれが大事で気持ちよくていいもののように思い込んでいるだけだったらいいのに。自分は何をやっているんだろうか。