日記

日記

2016.7.25 曇り

インターネットしたり日記を書いたり本を読んだりしてるうちに今日になってた。猫は私の左足首に寄りかかって寝ている。2:00ごろ本を読み終えてから寝る。6:30ごろ起きる。今日も涼しい。燃えるゴミを出しに行く。塀に蔦が絡まって伸びて大変なことになっているので目立つところをちぎる。烏瓜の花が付いているのでそこだけ分けて台所のワインの空き瓶にかざる。水を飲んで顔を洗う。ゴミ出しのために着た服を脱いで布団に寝そべる。寝ころびながら眠っていた間のタイムラインを見る。人間の生活時間は様々だなと思う。最近起きてる時に見かけない人が寝てる間に活動しているのを確認する。いつかまた同じ時間のタイムラインで会うこともあるだろうか。

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9:24朝食を作る。昨日のパンと目玉焼き。パン二枚はチーズ、一枚は梅ジャム、一枚は甘夏マーマレードを乗せた。

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 借りてきた本を読んだりインターネットしたりする。

 

文字を読んでいると昔のことを思い出すことがある。読んでいるものと関係があったりなかったり。誰にも言わないような記憶を一人で反芻する。人との会話や自分の行動などを振り返って文章にしていく。話題にもならないような瑣末な記憶を掘り起こしてみる。本当に瑣末な記憶は掘り起こすこともなく忘れてしまっているだろうから今思い出せるということは少しは印象に残るようなことだったんだろう。自分にとって最重要と言える記憶も思い出す。重要な記憶は人と関わったことなどが多い。一人でいる時間が長いと生きている間のことをあまり覚えていないのかもしれない。もしくは一人でいる時間が通常なので人といたことが特別になり記憶に残りやすいのかもしれない。人といることが増えると逆に一人でいるときのことを深く記憶に残していくのだろうか。人に話したことがある記憶は文章になっていて映像では思い出せなくなってきているが一度も話したことがないことは文章にならず映像で思い出している。運動の記憶や景色の記憶は文章になりにくい。会話や仕事は文章になりやすい。覚えているとか思い出すとかいうが、修正や劣化や補完や捏造も混ざりこんでいてきっとその時のことは本当にはわからなくなっている。こうやって頭の中で取り出して眺めることも記憶を変質させる。記憶ではなく経験として蓄積され今の私を左右している出来事が思い出すたびにその経験とかけ離れて行くことに私は気がつかない。そうやって変質した思い出がまた私を変えても行く。日記は読み返すために書く。できるだけ正直に書くことに意味がある。

 

13:30ごろ弁当のおかずを作る。人参と玉ねぎと卵と生姜を炒めて塩とみりんとかつおダシで味付けして炒りごまをふりかける。軽く昼食。

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日記を書く。またしばらく本を読んだりインターネットしたりする。15:15出勤15:32到着。三組四名。全部19:00開始で待ち時間が長い。作った弁当を食べてツイッターを見る。インターネットの中の人を好きだったり嫌いだったり(という言い方は雑すぎるが)して「いいね!」に気持ちが左右されたりするのはすごく些細なことなんだけれどそれぐらいしか感情を動かすことがないくらいに暇だ。もっと感情を揺さぶることもあるのだがそっちに気をとられると情緒がむちゃくちゃになるのでできるだけ遮蔽する。昨日から妙に情緒が不安定だ。理由はわからない。鍵アカウントで情けない言葉を喚き散らすと少し楽になるが相乗効果でさらに惨めにもなる。18:40から夕食の準備で忙しくなる。20:50すべての客室に布団を敷き終わる。やっと仲居のやり方を思い出してきた。余ったご飯と鮎をもらって風呂に入って帰る。原付で山道を走っている途中に情緒が安定していることに気がつく。仕事がそれなりにうまくいったからだろうか。21:39帰宅。弁当を洗う。烏瓜の花が開いてきている。夜に開花するので明日には萎んでしまう。しばらく起きていて完璧に開いたところを見たいと思う。コーヒーを飲んで猫を撫でる。ツイッターをしているとチーズの画像が流れてきたのでものすごくチーズを食べたくなる。チーズくり抜きリゾットと世界チーズ商会を思い出す。チーズ商会のガレージセールに行きたい。などというツイートをしたりしながら烏瓜の花が開くのを待っている22:51。23:33開花まで待てずに寝る。

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